『バーツ -白き天使と黒き悪魔-』 -1-
長い螺旋階段の下、中央に大きな池のある部屋・・・俺は、そこに居た。
天井は薄暗い闇の上にあり、この目で見た事は一度もない。
天井の高さとこの部屋の素材の効果で、池に石を投げ入れる音さえも遠くまで伝わる。
俺は何かを考えていた訳でもなく、ただ、石を投げて震えた水の音に耳を傾けていた。
「セーバ、終ったのか?」
上の方から小さな声が、水の音に混じって聞こえた。
少しすると、階段の奏でる音も耳に入った。
「ええ。もうすぐあなたの所へ伺うところでした・・・長老」
俺が言うと、最後の一段を降りきった長老は杖をつきながらゆっくりと俺に近づいた。
「そうか・・・なら、よい」
長老は池のふちに腰を下ろした。
隣に座っていた俺は、揺れる水面に映った自分を見つめていた。
歪んだ俺の銀の瞳が、また元にもどるまでを。
「おぬしも十分承知であろう?・・・今が我々の危機であることは」
長老の低い声が、俺の頭に響いた。
「・・・はい。
再び争いが起こりかねないことも承知しています」
俺の返事を聞いた長老は黙ったまま立ち上がって、また階段を登り始めた。
カツンカツンと、再び階段の音が響き渡った。
俺はその音が消えるまで、じっと震える水面を見つめていた。
その振動に合わせる様に、背の白い羽が揺れた。
+++
「カレン・・・居るかしら?」
光の閉ざされた部屋に消え行くような声が、私を呼んだ。ドアの前には姉様が立っていた。
私は黒一色の部屋で、唯一の異色である私の紅い瞳を鏡を通して見つめていた。
答えない私に、姉様は言葉をつなげた。
「まだ行かないの?
あなた、ずっとそこに居るでしょう?」
私はくすっと笑った。
すると姉様の口元も微かにつり上がった・・・姉様は私を見つめ続けていた。
「そろそろ行こうと思ってたのよ?」
私が返事をすると、姉様は楽しそうに「何か見つけたの?」と言った。
にっこりと笑顔を作った私は自分の漆黒の髪を指に絡めながら答えた。
「あの紅い月がきれいでしょうがなくって・・・みとれちゃった」
「そんなにきれいなの?」
姉様は私の横に来て、窓をのぞいた。
私は窓の傍の椅子を立ち、姉様に譲った。
「あら本当・・・美しいわ」
「でしょ?」
私はクローゼットを開け、リボンの付いたそれを取った。
「行くの?カレン」
「ええ・・・そろそろ行かないとね」
紅いリボンをするりと巻き取る。現れたのは、黒い柄の鎌。
私は振り返って、姉様に向けて笑顔を作った。
「私を待つ子達を早く逝かせてあげなくちゃ」
扉をそっと開け、外に出た。姉様は窓際で手をふってくれた。
私は紅い月と姉様を目におさめ、扉を元に戻した。
背の黒い羽が、静かに揺れた。
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