『バーツ -白き天使と黒き悪魔-』 -3-



俺の向かう先、"駅"。

"駅"というのは、ただの場所の名前。そこは列車が走っている訳じゃない。

言うなればただの広場・・・ただし、入れる者は限定されている。

それは・・・





「中界への入場をご希望ですか?」





何処からか、声が聞こえた。





「そうだ」





ふわりと、地の木の葉が浮く。

静かに降り立った男は、顔に添えた手をそっと下ろした。

現れた顔には銀の仮面・・・それを、そいつは俺に向けた。





「あなたは・・・天界の方でしょうか?」

「ああ」





俺がすんなりと答えると、男は微かに笑った。





「お急ぎですか、天界の方」

「まぁな。
 俺を待っているヤツがいる。早く帰ってやらなきゃならない」





頭の中によぎったのは、封筒に付いていた強い握り痕。

俺が帰ってくることを、ただ待ってくれているんだ。





「それはそれは。さぞかしお急ぎたいでしょう。
 ・・・ならば早く、"認証"を済ませてしまいましょうか」

「そうだな」





そう言うと、男は二、三歩後ろに下がった。

俺は手で拳を作った。

木々が、ザッと音を立てる。

そして、木の葉が数枚がひらひらと舞い落ちる。

中には白い羽が1つ・・・俺の背から左右へ大きく広がった羽から、1つが宙を泳いで地に落ちた。





「"認証"、終了いたしました・・・」





その声は消え行く様だった。

言い終わった時には仮面が1つ、宙に浮いているだけだった。

男の姿はなかったが、何故か違和感は無かった。

その仮面はゆっくりと落ちていき、コトリと音を立てて割れた。

破片が散らばると同時に、景色が歪む。

それはあの、水面の如く・・・。





気がつけば、"駅"に居た。

暗闇にいるような感覚を覚えた。

それもそのはず、周りに光など無いのだから。

俺は宙を歩いた・・・俺を待つ扉を見つける為に、混沌とした"黒"の中を。



入れる者が限定される理由の1つは、この中界へと繋がる道を飛ばなければならないから。

背に羽を持つ者・・・すなわち、バーツ。



+++





「あなたも、ですか?」





タキシードをまとった男は、地から少し上に手をついた。

すると破片同士が繋がり合い、銀の仮面が構成されていった。





「どうか・・・なさいましたか?」





私は、その光景にみとれてしまっていた。

彼の深い声が、私を我に帰らせた。

顔はもう既に、銀の仮面におおわれていた。





「・・・不思議ねその仮面」

「不思議、ですか?」





男は戯けたように言った。





「この世界は実に奇妙そのもの・・・
 それゆえ、出入りを司る私も奇妙だと言われてきました。
 『不思議』などと言われたのは初めてですよ」





銀の仮面の口が両端ともつり上がっているせいか、男は笑っているように感じられた。

私も、クスリと笑う。





「あなたも、行くのでしょう?」





男は仮面に手をかけた。

私は鎌を両手に持ち、地を打った。

そしてバサッと、黒い羽を広げた・・・。

にっこりと笑うと、男はすっと後ろへ下がった。





「了解いたしました」





仮面を落とす直前に、私は呟いた。





「私はカレン・・・あなたは?」





男は仮面を落とす手をぴたりと止めた。





「名を聞かれるなど、何時ぶりでしょうか・・・」





少し横にずれた仮面の陰から、微かに彼の口が見えた。

それはまさしく、仮面と同じ笑いだった。





「名はありません。
 どうぞ-銀の使者-とお呼び下さい」





私は羽をしまい、ふっと笑みをこぼした。





「-銀の使者-・・・気に入ったわ」

「それは光栄です、カレン嬢。
 早く扉が見つかる事を・・・闇から出られる事を、お祈りしますよ」





言い終えた時にはもう仮面は跡形も無く散っていた。





「ふふ・・・早く闇から出られる、ね」





私はすぐに、仮面の破片とその粉に包まれた。

再び開けた時には闇の中・・・

そう信じて、深い眠りにつくように瞳を閉じた。




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