上手な下手
普通な日の普通な放課後。
教室に残った生徒はそれぞれグループごとに固まっていた。
と言っても、そう人数がいる訳でもないが。
ガラッ
ドアを開けた音がした。
「あ、斉野(さいの)・・・まだ居たの?」
話しかけてきたのは
「お前こそ、幾村(いくむら)」
幾村・・・クラスメイトだ。
「へー、まだ数学の提出物残ってるんだ」
「計画的にやってんだ・・・今日で終わる」
「ふーん」
幾村はそう言って、自分の鞄をあさり出した。
鞄から出た手が持っていたのは・・・楽譜。
「またやんのか・・・懲りないヤツだな」
「うるさい!黙っててよ」
顔を赤らめながら咳払いを1つして、幾村は教室を出た。
幾村は昔から音楽が好きで、最近やり始めた楽器に夢中らしい。
前に下手さをからかった時からよく教えてくれなくなったので、何なのかは知らない
だが未だに上達せずにいるらしく、よく他の女子に愚痴っているのを聞く。
「アンタなんかには聞こえない所でやりますから!」
そう、吐き捨てて。
俺は再び提出物を目の前にした。
数十分経って、俺は大きな溜め息をついた。
今更ながら、幾村が少々本気だったような気がした。
・・・あとで軽く謝っておくか。
そんなことを考えながら、再びとりかかろうとしたときだった。
♪ー ♪ー ♪ー
何かの音色が響いた・・・。
確か、幾村がやっている楽器と同じだ。
アイツに聞かせてやりたい位に上手い。このちゃんとした音色は。
♪ー ♪ー ・・・♪! ♪ー
歯切れの良くない音が混じっていた。
だけど、なんだかとてもいい感じがした。
頑張っているんだ、この奏者は。
ちょっと惜しい所もあるが、上手くなろうと練習しているんだ。
・・・アイツはどうなんだろう。そんなことが、ふと頭をよぎった。
俺は再び提出物に取りかかり始めた。
この健気な音色をBGMに。
♪ー ♪ー ♪ー
♪ー ♪ー ♪ー
日は沈み、茜色がきれいに街を染めた頃。
教室にいるのは俺だけだった。
俺は提出物が片付いて、荷物をまとめて職員室へ向かう所だった。
ガラッ
入ってきたのは、幾村。
「まだいたの?」
「お前こそ」
俺はひとりで教室を出た。
職員室に寄り下駄箱ヘ行くと、幾村が居た。
「なんでいんだよ」
「ひとりで帰るのは危ないけど、他に誰もいないんだもん
一緒に帰ろ、斉野」
幾村はそういって、歩き出した。
「そういえばさ、お前のその楽器、何だっけ?」
「なんでもいいでしょ」
話題が無くて切り出したが、まだ根に持っているらしく、幾村はあっさりした返事しかしない。
「・・・今日さ、頑張ってるヤツがいたんだ」
幾村は怪訝そうな顔で俺を見た。
「お前と同じ楽器を、さ」
「ふーん」
「別に・・・ただそれだけだけど」
幾村はぶすっとしている。
俺は分かれ道の所まで黙っていた。
幾村も、ずっと沈黙を守っていた。
「じゃーね、斉野」
「おう・・・」
俺は歯切れ悪く返事した。
「何よ・・・なんかあんの?」
幾村は相変わらずの不機嫌そうな声で言った。
「お前も頑張れよ、って言いたかっただけ」
俺はそれだけ行って、立ち去った。
***
「あ、斉野・・・おはよー」
幾村は、目の前に居た女子と会話をしていた。
俺にあいさつしてから、また続ける。
「それでさ、昨日遠くで練習するって言いながら近くで練習してたんだけど・・・
アイツったら他の人だと思っててさー・・・『気付けよっ!』て気分!
ま、応援してくれたからいいけど」
そんな声が、耳に入った。
俺は耳を疑いながら、昨日の光景を思い出す。
昨日、確かに遠くで練習すると言っていて、
昨日、確かに応援してやった。
・・・俺のことか?
策略があったのか、偶然なのか・・・よく分からない。
でも、1つだけ分かったことがある。
下手なあいつは、俺より数枚上手(うわて)だった
+あとがき+
『How about you?』の橘 梓紗様への捧げ物です。
大変遅くなってしまってすいません(滝汗)申し訳ありません・・・
タイトルですが・・・『上手な下手(うわてなへた)』とお読み下さいませ。
下手だけれど、本当は一枚上手(うわて)な人って感じで。
話のネタにつまっていた時に、学校でちょっぴり下手(失礼)な楽器の練習音が聞こえまして。
ありがとうございます&頑張ってくださいな気分です。
タイトルも本文も、何重にも重なった和紙状態なので、水でもかけて読んでください(これこそ意味不)
相互リンク、ありがとうございました!
2007/11/29 優香
+橘 梓紗様のみお持ち帰り可です+
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