「ねぇ、そらってひとつ?」





彼女はそう言った。

視線の先にある空は、いつも通りの青色。

そして、雲がのんきに泳いでいる。





「そうだ。空は1つだ」





俺はそう返した。





「そうなんだ」





彼女は窓から目をそらし、伸びをした。

俺はずれてきた眼鏡をあげた。





「どうしてそんな事を聞く?」

「しらないんだもん、そらのこと」





その声が、俺の中をこだまする。















- 閉ざされた空 -















「そうか」





俺はそう言って、開けっ放しにしていた窓を閉じカーテンを閉めた。





「しめちゃうの?」





名残惜しそうに、カーテンを閉めた俺の手を目で追う。

俺はその手で、彼女の頭を撫でた。





「悪いからな、お前の体に」

「ふうん」





本当に分かっているかどうかは分からないが、彼女なりには納得したらしい。

俺は持っていたノートを置いて、白衣に袖を通した。



ここはとある病室・・・この病院で一番奥にある個室。

俺は医者。彼女は患者。

この関係は彼女が2才の時から、かれこれ3年続いている。



彼女の病気は名前がない。彼女にはその意味が分からない。

いつかきっと、この病室を出ることが出来ると信じる彼女に、

俺は未だ、ちゃんとした返答を出来ずにいた。



彼女の言動を記録したノートも、もうそろそろ終わりが来る様だ。

ぱらぱらとページをめくり、そのなかで頻繁に出てくる単語をじっと見つめた。

それは、「空」。





「ねぇ・・・ねぇってばぁ」

「なんだ」





俺の白衣のすそをつかんで、彼女は俺を呼んでいた。





「あたしのなまえって、そらだよね?」

「・・・そうだが」





そう。彼女の名は、そら。

彼女はこの窓越しにしか空を見た事がないというのに。

両親は、彼女が優しい心の広い子になるよう、この名を付けたと言う。

今となっては、皮肉とも思えてしまう名になってしまった。

・・・もっとも、彼女は分からないだろうが。





「それがどうかしたか?」

「うれしいんだ。
 だって、あれと一緒なんでしょ?」





彼女は窓の外、空を指差す。





「・・・そうだな」

「はやくそとにでたいなぁ・・・」

「・・・」





彼女は外・・・病院前の広場で遊ぶ子供を見ていた、





「いつかね、そとでみんなでかけっこしたいんだ。
 いっぱい、いーっぱいはしるの!」





にっこりと微笑んで、彼女は言った。

彼女の澄んだ心が作る笑顔が、俺にどうしようもない悲しさを感じさせた。

同時に胸が痛くなり、目がかっと熱くなった。





「・・・ごめんな」

「?」





意味が理解できずにいる彼女を、ぎゅっと抱きしめた。

彼女に今の俺の顔は見せたくない。

ひたすら涙が出てきてしまう、俺の顔なんて。





今日も空は青い。

彼女がこの空の下を歩く時も、その青さは変わらないでいてくれるだろうか・・・




















+あとがき+
久々の短編です。シリアス書いてみました。
病名とかについてはあまり触れてませんが、質問とかはご容赦願いますー;;
全てはご想像にお任せする方向で。

最初はこの小説の絵でも描こうかなーと思っていたんですが、
今回はやめました。更新するものが結構あったので。
今度日記書いた時にでもやろうかと思ってます。


2007/03/21 優香


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